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連載コラム

その31 いつもキノピオ


その生徒はゲームが好きだった
そして、ゲームの様な感覚で世の中を見ていた
彼は頭が良く、小学生にして他の生徒とは物事の捉え方が大きく違っていた。名は総理と言った。教師生活を終え、早10年。
私は、彼をバカにしてしまった事を今夜後悔することになる。今から20年前、小学生6年生の総理の担任になった私は彼に一目置いていた。
なぜなら彼は、他の先生には理解できない頭の良さを持っていたことに私は気づいていたからだ。

彼の担任になる前から、彼の噂は聞いていた。
職員室で先生が総理の愚痴を言っているからだ。ある先生は道徳の授業で環境問題を教えていたらしい。その時、総理に「環境問題があるからお金が儲かる人がいるのだから、環境問題をダメと決めつけるのはよくないのではないんじゃないですか!?『環境問題がだめ』という、先生の価値観を俺たちに押し付けるな!そんなもの立場によって変わるじゃないか!」っと言われたらしい。
彼の担任は「あの子ほんまにめんどい」っとしかめっ面をしている。
私は常々そんな彼と話をしてみたいと思っていた。
六年生で彼の担任になり、彼と交流をしようとしたが、彼はなかなか私に懐いてはくれなかった。彼の中には大人に対する強い反感があり、教師の発言に非常に懐疑的であった。おそらくいろんな環境が彼をそうしたのだろう。
彼と一度面談をした時のことだった。私は彼がマリオカートというゲームをしたいという理由で学校を休んでいることが気になっており、その事について聞いた。
彼は「ゲームには世の中の謎を解き明かすヒントがある」っと言ってきた。
私は理解できず、詳しく聞くと
彼は「自分が見ていない世界は存在しない。それをマリオカートが教えてくれている。」と言った。
彼が言うには、今私たちが感じることのできない世界は存在せず、私達が行くとそこに現れると言うのだ、だから、いま私達が見れない、アメリカも、家にいるお母さんも、四国も、全ては存在しない。私達が行くとそれに合わせて現れるというのだ。

私はなぜそう思うのか、なぜマリオカートが関係あるかを彼に尋ねた。

すると彼は、第一は直感だと答えた。
そして、マリオカートと現実は似ていると答えたのだ。
彼曰く、マリオカートは自分の画面しか映らない。自分が一位の時、二位以下は見られないし、存在してない。
だが、自分がバナナを踏んで止まると、二位、三位が表れる
いわば自分が二位以下の世界にいくと、それ以外の世界が現れるのだという。
確かに、画面に表れるもの以外、ゲームでは存在しない。ただのコンピュータの数式になっている。
そうやってコンピュータのコストを下げていのだ。

しかし、この現実世界は違う。
ゲームと同じなはずがない。

だから私は彼に「ゲームのしすぎで現実とゲームを分けられてないよ」
っと言った。

なぜ私がこんな事を今考えているかというと。一昨日、世界最前線の量子力学という科学の分野で、この世の中がバーチャルリアリティの一つである事が証明されたことが事の発端だ。
私は科学に興味があり、仕事を終えた後、世界中の科学雑誌を読むのが日課だった。私の息子は若くして大学の准教授をしており、専攻は量子力学だった。私は息子にこの世界がバーチャルリアリティであることが証明された事について、詳しく説明を求めた。

息子は言った。「お父さんマリオカート分かる?」と聞いてきたのだ。
私は息子が小さい時にマリオカートを買ってやったので、何度かプレイした事はあった。

そしてその息子が私に行う説明は、あの日、総理が面談で私に言ったこととまるで同じ事だった。

あの男は今どこで何をしているんだろうか。

そんな事を思いながら私は、教師という職業が時に間違ったことを生徒に教えていることを痛感した。

映画はまだ流れ続けている

総理はその頃、大学の彼女に、「バイバイの後は俺たちいなくなるんだよ!マリオカートなんだよ!」っと熱弁していたが、全く理解されていなかった。

映画はまだ流れ続けている。

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