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連載コラム

その5 恐ろしい男


彼は恐ろしい男だ
なぜなら、多数派が正しいという事を「正しい行い」と呼び、疑わず、その価値観を人に押し付けるからである。目を輝かせながら

彼の名前は『沖原はじめ』といった。

彼は人文学部の大学3回生。大学まで親の言うこと一辺倒で生きてきた真面目な学生で、大学卒業は社会人になる事を夢見ていた。

いつも同じ様なチェックのシャツを着て大学へ向かう。ベルトはしない、ギャンブルもしない、タバコも吸わない、酒は飲み会でしょうがなくヨギパインを飲む程度、NHK放送が大好きで、ミュージックステーションに出ているアーティストのCDを母親が借りてくることで音楽を嗜んでおり、
学歴の低い人間を見ると心の奥でバカにし、権力に弱く、ルールに従うことに安心と快楽を覚えている。

ある日の授業で、就職活動について生徒同士でディスカッションをする事があった。
この授業はキャリアという授業で、主に学生に就職活動の指導をする授業であった。

その日の授業のお題は『就職活動向けてー今あなたが思っていることー』だった。
クラス全員で40人くらいの教室だった。

先生が配布プリントを生徒に配り、全員に行き渡ったかを確認し終えるやいなや

沖原は手を挙げて『僕から発表させて頂いてもよろしいですか?』と急に話し出した。
その講義の講師浜中(45歳くらいの女性)は「どうぞっ」と勢いに押されてとっさにに答えた。
最前列の席に座っていた沖原は後ろを振り向き、自分がいかに就活を真面目にしている偉い学生であるかを高らかに唄い始めた。
就活でどの会社を受けるか、自分が普段から就活に向けて取り組んでいる事の内容。面接、履歴書、お辞儀の仕方、敬語、新聞を読んで知識を蓄えていることそして自分の起床時間までくまなく唄った。
浜中は『よくしゃべるなー』と思いながらその自画自賛賛美歌を聞いていた

そして絵に描いたようなその就活生の姿に賛美歌終了後ほとんどの生徒が拍手をした。

浜中が「沖原くんありがとう」とサッと言った。
すると沖原はみなの拍手が気持ちよかったのか、自分の自画自賛に気持ちよくなったのか
「みなさんがどんな風に就活をしているのかも知りたいですね!」っと満面の笑みで続けた

もともと個人が就活について思うことを発表する授業スタイルにしようと思っていたので、浜中にとっては好都合で「では沖原くんが当てていいですよ?」と言い、沖原をさらに舞い上がらせた

沖原は嬉しそうな顔をして

「では、一番後ろの金髪の彼!」
と一人の男子学生を嬉しそうに指名した

するとその学生は

「自分、就活する気はありません。」

と答えた。

一瞬時間が止まったように沖原は硬直したが、そのまま
「なんでしないんですかっ??」

と続けた

男子学生は
「んー理由は二つあって。一つ目は就活をするよりも自分にはもっといい選択肢があると思ってるし、まぁあと二つ目は普通すぎて面白くないんで」

と答えた

沖原は
「では、なぜこの授業を取っているんですか?」と続けた

その生徒は「就活っていうのが一つの現象として面白いから」と答え

沖原は
「面白いってどういうことですか?」と返した

沖原がこの質問をした時点で、浜中は数回の授業での彼等の授業態度や生徒が提出するレポートを読む中で
この二人の意見が相容れないことに気づいていた。
そしてこの就活至上主義青年沖原が幸か不幸か指名した生徒こそ、のちに浜中が大学に「なぜ就活をするのか?」という毎年行う講義でゲストスピーカーで招くことになる
アンチ就活現象主義 総理(20)であったのだ。

総理は答えた、「みんな同じスーツを着て、同じ髪型にして、自己分析をし、ロボットのように企業に媚びる。笑顔を作り、慣れない敬語を使い、審査され、御社が第一志望ですと何社にも言い回る、こんな不自然な事を何万人という学生がしているって面白いじゃないですか。」
っと言葉をオブラートに包まず答えた。
しかし、こんな鋭い言葉を吐きながらも、その青年はまるで優雅な音楽を聴きながら紅茶を飲んでいるような何とも優しい顔をしているのだ。

すると沖原は「じゃあ、あはたは毎日頑張って就活をしている人をがダメだと言いたいんですかっ?」と聞いた

総理は「いいえ。誰もそんなこと言ってませんよ」と即答した。

沖原は「僕にはそう聞こえますけどっはは笑」
と下手な笑顔を見せた。
そして少し首をかしげながら「けど!僕は就職活動をしない人がいてもいいと思います!人には人の意見があるので」と言った。「人には人の意見がある」沖原はこの言葉が最も無難で好印象な答えだと知っていた。
この言葉は自分と価値観が違う人と対峙した時に最も便利な言葉なのだ。このことばですべてうまくいく。
今までもそうだった、というよりも少なくとも『今までもそうだったことはこれからもそう』と信じていたのだ。総理と出会うまでは。

「人には人の意見があるなんて当然のことですよ」
こんなシンプルな返しが、ついに沖原のプライドを傷つけた

高級なフェラーリに、鼻垂れ小学生の飛ばした鼻くそがつくかのように。

沖原は俗にいわれる、真面目ないい子だった。
成績は常に上位で、スポーツはそこそこ、授業態度もよく、習い事もこなしていた。
高校の時の弁論大会では関西地区の三位に入るなど口は立つ。
また、人と意見を交わらせることは得意であると自分自身では思っていた。
なぜなら話し合いにおいて彼自身がどんな答えを返せば社会的に道徳的に良いかを知っていたからである。
言わば親善試合、チャンバラの会話である、自分の心の奥にある真剣は使わず、相手を傷つけないように、何も壊さないように、ルールから出ないような、間違っても傷つかないような安心、安全、のチャンバラの会話。
それが彼の「話し合い」だった。
そしてその「話し合い」をできる自信があり、それに伴いプライドも高いのだ。

しかし沖原は薄々気づきだしていた

「この相手はチャンバラではなくむき出しの真剣を使用している」と。

そして総理は続けた
「では逆に質問させてください、なんで沖原さんは就活しているんですか?」

沖原はとっさに答えた
「大学生はふつう就活するからです笑」

沖原がこう返した瞬間、総理はにやけた。なぜならこの手のタイプの人間はそう答えを返すことを総理は知っていたからだ。
多くの就活生が自分がなぜ就活をするかを的確に答えられない、この男もそのタイプだと直感的に分かっていたのだ

総理は待っていたかの様にその答えに問うた
「では沖原さんはみんながしているから、就活をするんですね?」

沖原は
「そらそうでしょっ。いい会社に入るためににみんな勉強してきたんですから」と引きつった笑顔で答えた。

総理は
「みんなが勉強する理由がいい会社にはいるためだと思っているなら間違いですよ。勉強する理由は他にもたくさんありますよ。
じゃぁ、就職しないのに勉強している私はどうなるんですか?
それと、みんながしているから就活するという理屈なら、あなたはみなが就活しなかったらしないんですね。」

「さっき沖原さんは人には人の意見がある!と言ったのに、心の中では私のような少数派の就職活動をしない、そのうえ勉強するという行いは正しくないしズレていると思ってるわけですね。あなたは矛盾していますよ。
あなたは人には人の意見があるっという考え方を“知識として”使っているだけですよ、本当の意味で理解していません。ほんとうに人には人の意見があると思っている人は、先ほどの発言や、みんなが〜とか、普通〜とか、なんて言わないですよ。」

と続けた。

この時、教室の雰囲気は明らかに異様なものになっていた。就職活動の鏡である沖原が金髪のちゃらんぽらんそうな就職活動をしない学生に追い詰められているのだ。
これを見ていた浜中はその雰囲気を感じつつ、沖原が心配になってきた。しかし、それでもあえて浜中はこの二人を泳がせた。
それはディスカッションが生徒達に有益であるという理由よりも、浜中自身が就職活動至上主義の学生を、以前から一目置いていた頭のキレる就活をしない学生が論破するのを心のどこかで楽しみにしてしまっていたからだ。

就活至上主義学生 VS 総理
の構図が出来上がっているのだ。

沖原は苦し紛れに
「それだけが理由じゃないし、、奨学金もあるし、」っと返した。

得意の敬語は無くなっていた

すると「奨学金?じゃあ、あなたは奨学金を、借りていなかったから就活しないんですね?」とさらにナイフのような言葉が沖原を追い詰めた。

浜中は沖原がものすごい脇汗をかいている事に気付く。

沖原は「いや、そうではないけど、、、」

数秒の沈黙が流れた。

見兼ねた浜中が「ではっ、」と話を変えようとした時。

総理がさらに口を開いた
「沖原さんは、素晴らしい就活生だと思います。そこは本当に。
でも、就活でもなんでも、みんなが正しいと思っていることをやって、みんなに認めてもらえることが正しいことだと、盲信しているようにしか見えます。あなたには、あなたがない気がするんですよ。
そんなことありませんか?
羨ましいですよ〜何も考えず、周りに言われたことに何も疑問を持たず行動、選択できるのは。
僕には無理ですからね。
あともう一つ言うと、世の中に正しいことも間違っていることもありませんよ。これはもっと沖原さんが歳をくって気付くことかもしれませんが。」

この一連の会話を目の前で聞いていた生徒全員があっけに取られた。まるで映画のワンシーンを見ているような気になったからだ。
そしてその総理の言葉のもつ棘にじわじわと胸が痛くなった。
いや、もうすでに総理が一言目を口にした瞬間から痛かったのだ。
特に漠然とレールの上に沿って就活をしている生徒にとっては大打撃であった。

その時、まるでボクシングのセコンドがタオルを投げ込むようかのに。浜中が矢継ぎ早に次の生徒を指名し、二人の議論を終了させた。

その後の授業は生徒達が相変わらず自分の就活に対する取り組みや不安を語り、何もなかったかのように終わった。
沖原は呆然としたまま一言もしゃべらず、総理は相変わらず発表している生徒を眉間にシワをよせて見ていた。

チャイムとともに皆は部屋を出て行った
その日もいつものように授業が終わった。

あれから2年が経ち、浜中は現在でも大学生相手に就職活動に向けての授業を行っている。
毎年多くの就職内定者と手を取り合い、依頼を受け、企業に出向きマナー講習会も行っている。
そんな多忙な講師生活の中でも、今だにあの日の沖原と総理の議論を思い出すことがある。

まだ肌寒い4月、この日も浜中はグレーのコートと黒いタートルネックを着て大学の教室に向かっている。

ブルブルーーーー♩

メールが来た。
内容は「すいません5分遅れます。」

今日も大学生にキャリアの授業で、就職活動についての講義をする。講義のタイトルは
「なぜ私達は就活をするのか?」である。

ゲストスピーカーはOB生である総理だ。

大学に着きキャンパスに入り、学生食堂を通り過ぎ教室に向かう。
ドアを開け浜中が教室に入ると、あるスーツを着た男性が待っていたかのように浜中に話しかけた。
「浜中先生お久しぶりです、ゲストスピーカーに呼んで頂きありがとうございますっ!」
そしてお辞儀をした。角度は15度、背筋は伸び、腰から折れる、お辞儀の静止時間も完璧、いやらしさもなく好印象を与えるお辞儀、これこそ浜中が大学で教えている、手本のお辞儀である。
浜中は「こちらこそ忙しい中来てくれてほんとうにありがとうね!」っと嬉しそうに言った。

生徒が続々と教室に入ってくる
浜中はいつものように資料を整理し、ホワイトボードをもう一度丁寧に拭いていた。
準備を整え、生徒と挨拶をしながら時計をちらりと見た。
授業が始まるのだ。そのときゲストスピーカーの総理は久しぶりに来た大学で迷子になっている。

映画はまだ流れ続けている

ちなみに

今回の授業には総理ともう一人ゲストスピーカーがいる。

現在就職1年目バリバリ社会の荒波に揉まれている、この大学及び、浜中のキャリアの授業を受講していたOB生

沖原はじめである。

映画はまだ流れ続けている

総理はまだこない。

映画はまだ流れ続けている。

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